ネット選挙法案がネットで騒ぎになっているらしい

民主党自民党も選挙でネットを活用する法案、ネット選挙法案を出してきました。今の公職選挙法だと選挙期間中にブログの更新とか、最近だとツイッターとかで何か選挙に関することをツイートするのは違反となるわけですが、それを解禁しようというものです*1

それだけなら別に騒ぎにはならない(祭りになってもおかしくはない)ですが、問題になっているのは、これを報じた記事にある以下の部分です。

ネットで政党や候補者の誹謗中傷を行う行為には、刑法の名誉棄損罪や公選法の虚偽表示罪などで罰則を科す。

これについていろいろ憶測が流れていて、言論弾圧じゃないかという危惧の声が上がっています。一方、ネットだろうとなんだろうと誹謗中傷はダメなのは当然だろうという声もあります。単にそういうことが起きたら、刑法や公選法を拠り所として罰しますよ、ということを言っているだけじゃないのかという指摘もあります。ただし、この件を書いているのは産経新聞を基としたニュースだけなので、単にそういう運用を行うということを記事としたのか、法案自体にそういう条文が盛り込まれるのか、あるいは記者の勝手な憶測なのかがさっぱり分かりません。

さっぱり分からないものを議論してもしょうがないのですが、法案そのものがどこかにあったりするのかも分からないので、どうしようもありません。結局、開かれた政治とか言ってもこんなものです。そういう深い議論をしないまま、ネットが選挙で使えそうだからこの夏の選挙で使いたい、と慌てて法案を通すというのはどうなんでしょう。政権を取ってから半年以上経ってるんですよ。なんで、このタイミングなんでしょう。まあ、思惑なんか見え透いていて、与党も野党もいよいよ選挙が近くなってるのに、ますます増えている無党派層を取り込もうと躍起になっているだけなんでしょうけど。

でもまあ、一つ言えるのは、この法案なり記事なりにこの件を盛り込んだ者が意図してやったのか無意識でやったのか分かりませんが、これでネットでの議論に枷をかけることが出来るということです。つまり、脅しです。

例えば、井戸端会議や親しい人と話している場で○○党の政策はダメだとか、候補者の○○はダメだとか言ったとしても、そんなことで名誉毀損とか言われることは、今のところまあないでしょう。そもそも、録音でもしない限り、証拠なんかないですし。
ところが、ネットで同じようなことを書いてしまえば、基本的に誰がいつ書いたかが分かってしまいます。よって、名誉毀損とされることも可能性としてはあるわけです。名誉毀損はそのことが事実であっても、対象者が自分の社会的地位を低下させたと判断すれば、それを行った者を名誉毀損で訴えることが可能です。もちろん、公共性とか公益性とかを元に判断されるわけですが、それはあくまで訴訟の過程での話であって、訴えること自体は自由です。

よって、ある法案について、こういう意図があるのだから反対しようとか、ある政党ないし候補者はこういう考え方の持ち主だから投票しないようにしよう、等とネット上で書くことは、それが事実であろうとなかろうと名誉毀損とされる可能性があるわけです。もちろん、これは今通そうとしているネット選挙法案とは全く関係なく、今でも現実に可能性としてはあるものです。現実に訴えられる可能性は今のところ低いとは思いますが、万が一訴えられたら、普通の人は訴訟なんかにかかずらわってる暇なんかないので、向こうの言われるままに和解せざる得ないでしょう。なにしろ、向こうはプロなんですから、生半可なことで素人が勝てるものではありません*2

そんなわけで、元々ネット上でそういうことを書くのは非常に危険なことなのですが、書いている当人達はあまりそういうことは考えないで、知人との与太話のノリで書いているかと思います。実際、いちいちネット上からそういうものを探し出してきて訴えて回るというのも非現実的な話です*3。与党でも野党でもネットでの(彼らにとっての)誹謗中傷が増えるのではないか、と恐れている部分があるようですので、その牽制のために「お前ら調子に乗って誹謗中傷してたら、どういうことになるか分かってるんだよな?」という意図で「ネットで政党や候補者の誹謗中傷は罰則を科す」と当たり前のことをあえて念押ししているのかな、という気が少ししています。

まあ、彼らにとってはネットは使えるところもあるが、恐ろしい面もある、ということでしょう。まあ、別に政治家じゃなくたって誰でもそうなんですけど*4。ここで、「政策に関する議論に限っては誹謗中傷とはしない」とか盛り込めば祭りになったでしょうに*5

以上、考えすぎだとよいのですが。いえ、考えすぎに違いありません。政治家の先生方が悪いコトするわけがないじゃないですか。

デジタルディバイド問題

それらの話とは別に、ネット選挙に関して検討が必要なものの一つとされているのが、高齢者等ネットがうまく使えない人々に対する対策です*6。別に選挙がネットだけになるわけではないのだから構わない気もしますが、金をかけたくなくてネットオンリーで主張する政党や候補者の政策等がそれらの方々に伝わらないという所を問題としているのでしょう。個人的には、そういう方面まで意見を伝えるべくネット以外も活用するか、そもそもネットを切り捨てるかも含めて政党や候補者の自由ではないかと思いますが。

そもそも、今回の法案が通って今夏の参院選で適用されたとして、すべての政党、候補者がネットを活用する訳じゃないのですから。すべての政党、候補者の声がネット利用者には伝わらないのはよくて、ネット日利用者には伝わらないといけないというのも変な話です。そもそも、ポスター自体、すべての選挙ポスター掲示場所に出さない候補者だっているわけですし。

メールでのなりすまし

候補者や政党が有権者にメールを送ることについては、なりすましの問題があるので慎重にすべきという議論があるようです。まあ、民主党は「メール」では過去に痛い目に遭っていますからね。一応、なりすましを行った場合の罰則規定があるのですが、それだけでは防げないかもしれないということでしょう*7

これについては、電子署名を使い、それを選管なりなんなりで管理すればすぐに解決する問題なのですが、日本ではなぜかメールの電子署名の仕組みが広まらないので、事実上なりすましが容易になっています*8

いかに国の中枢にIT関連の知識がないのかがこれを見てもよく分かります。

議論無しの拙速な立法

そんなわけで、少なくとも上に挙げた2点のような課題が残っているわけですが、とにかく今夏の選挙に使いたいと与野党が思っているので、その辺は見切り、先送りで立法されるものと思われます。どういう利点があり、どういう欠点があるのかの議論もされず、とにかく使えるものを使えるようにしようというやり方に誰も異議を唱えないところが空恐ろしいのですが、最近はそんな法案ばかりです。

まあ、聡明な議員の方々は短時間でもきっと実のある有意義な議論をなされているに違いないはずなので、きっと問題はないのでしょう。いえ、問題があるわけがありません*9

*1:厳密には民主党案にはツイッターは含まれず、自民党案には含まれているのだったか。

*2:まあ、実際には訴えて回るというよりは、貴ブログの以下の記述は名誉毀損となるので直ちに削除しなさい。削除しない場合は法的手段を執ります、という流れでしょうか。

*3:もっとも、JASRACの違法ファイル共有利用者対策のように、見せしめで目立つところだけ叩くピンポイント戦術をとってくる可能性もありますが。

*4:車だって飛行機だって鉄道だって便利な反面、事故など恐ろしい部分があるわけですが、ネットみたいに負の部分だけを取り上げて叩かれることはないのですよね。それだけ、「大衆の声」が怖いというのもあるのでしょう。

*5:所詮、一過性のものですが。

*6:高齢者でもネットを使いこなす人はたくさん居るので、こういう書き方は失礼だとは思いますが、報道は高齢者=ネットはダメって認識ですので。

*7:では、SPAM防止の件名とかに特定の文字列を入れて出さないといけないって法律はどうなのよ、ってことになりますけど。あんなもの付いてるメールは、ほとんど見たことない、意味なし法です。

*8:仮にそういうシステムを導入しても、一般ユーザーが電子署名の確認の方法を知らないので、あまり意味がない。まあ、記録として残るので、何かあったときの証拠にはなるかもしれませんから、全くの無駄ではないかもしれませんが、出す方もよく分かってないでしょうから、結局、付け忘れとか起きそうです。

*9:政治不信ってのは、なにも首相がホテルのバーで飲んでて金銭か感覚が庶民と違うとか、漢字が読めないとか、母親から億単位の小遣いをもらってるとか、秘書がやってることを認識してないから問題ないとかじゃなくて、結局、見えないところで自分たちの利益だけで何もかも決めてしまうところが一番の問題なんですけどね。仕分けとか見せかけのパフォーマンスで箱を開けた風を装っても、パンドラの箱だけは開けたくないというのが見え見えだなんて、これっぽっちも思っていませんよ。